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忘るまじ 3月11日

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今日は3月11日 7年前の午後2時46分 私の住む茨城県南部では 最初にいつものような横揺れがあり ああ 震度3程度の地震か そんな推測で仕事を続けていた処 震度を感じて約10秒後 突然 どーんという家屋が沈み込むような大きな縦揺れが起こり その揺れが僅か数秒の内に数倍の大きさとなり仕事オフィスの窓へへばりついて外を眺めると電信柱が左右に揺れて今にも電線が切れそうな程に揺れていました。 大きな縦揺れは約5分ほど続き その後断続的に大きな揺れの余震が続きました。 約30分程して余震が収まり外へ出てみると近くの農家様屋根瓦が落ち崩れている風景が今でも目を閉じると浮かびます。 それと頭上では竜ケ崎飛行場或いは大利根飛行場へ着陸する予定の民間軽飛行機が着陸許可が得られないのかどうか 長時間に亘り円周飛行をしていました。 40年前、都内学府の学生であった時 福島県・宮城県・岩手県が郷里である学友が居ました。 その後 どのような人生を送っている事か まさかあの時の震災で他界した友人は無かろうか この日が来るたびに安否を気遣い 唯一知るお経である「光明真言」を唱え 不運にもお怪我をされた方々そして他界された方々に心よりお見まい申し上げますと共にお悔やみの程申し上げています。

気温13度C前後で湿度も低かったので 午後からTALONの絹張り作業を行いました。 水平・垂直尾翼はモノコーテ仕上げです。 年齢を重ねる度に製作するグライダーの大きさも小さくなるようで しかしその分 急いで製作するという事もなくなりつつあり 時間をかけて丁寧な作業ができるようになっています。 まあ、身体内の製作する勢いが次第に低下している証かもしれませんが 不思議なことに これはこれで残念な気分ではありません。 絹張り完成機体の背後にあるのはヤマベ釣り用とハゼ釣り竿自作用に近くに竹林より切り出した原竹です。 未だ3か月 少なくとも2年乾燥させます。 急がず慌てず 然るに何でも中くらいで善しとするなら真ん中に立つ己時計の判断はいづれの方向へも半分半分 仏様の基本的な教えはこんな所に在るのかもしれません。